最高裁判所大法廷 昭和38年(あ)35号 判決 1964年7月15日
主文
本件上告を棄却する。
理由
被告人の上告趣意第一(1)について。
所論は、たばこ専売法が憲法二五条に違反するというに止まり、本件に適用された当該法条に対する具体的な非難ではないから、上告理由としては不適法である。
同(2)について。
まず所論は、たばこ専売法二九条が憲法一四条、二二条に違反すると主張する。しかし、前記二九条は本件には適用されていないから、この点に関する論旨は、上告理由としては不適法である。
次に所論は、たばこ専売法七一条、七五条が憲法一四条、二二条に違反すると主張する。しかし、一般社会観念上合理的な根拠のある場合に、これを理由として区別ある取扱がなされたからといつて憲法一四条に違反するものとは認められず、また憲法二二条にいわゆる職業選択の自由は、無制限に認められるものではなく、公共の福祉に反しない限りにおいて、その自由が認められるものであることは、同条の明示するところである。ところで、国がたばこ等につき専売制を施行する所以のものは、国の財政上の重要な収入を図ることを主たる目的とするものであるが、同時に、国民一般の日常生活において広く需要せられるたばこ等は、僻陬の地たると都会地たるとを問わず、同一の品質のものはこれを同一の価格により販売し、公衆のすべてに均等に利用し得る機会を与え、安んじてこれを比較的簡便に購入し得ることとし、もつて一般国民の日常生活における必要に応ずることをも目的としているものであつて、結局右専売制は、公共の福祉を維持するための制度にほかならない。そして、たばこ専売法六六条一項がたばこその他の物につき所有等の制限を定め、同法七一条、七五条において同条所定の違反行為に対し必要な罰則を設けているのは、前記のようなたばこ等の専売制を支障なく施行する上に遺憾なきを期するためのものであると認められるから、右条項は、合理的な根拠に基づき且つ公共の福祉の要請に適合する規定というべきであつて、憲法一四条、二二条に違反するものではない。それ故、所論は採るを得ない。
同(3)について。
所論は、本件追徴額の算定が違法であることを前提として違憲をいうものである。しかし、たばこ専売法七五条は、犯則物件またはこれに代るべき価額が犯則者の手に存することを禁止すると共に、国の財政収入を確保する等のたばこ専売制の目的とするところを支障なく達成するため、特に必要没収、必要追徴の規定を設け、不正たばこの販売などの取締を厳に励行しようとする趣旨であると解せられるから、同法七五条二項にいわゆるその価額の追徴とは、現実の取引違反の価額の如何にかかわらず、その物件の犯行時における客観的に適正な価額の追徴を意味し、当該物件が日本専売公社によつて定価の公示された製造たばこ(輸入製造たばこを含む。)にあたると認められるものについてはその価格により、公示された定価のないものについては客観的に適正と認められる価額によるとするのを相当とする。原判決の是認した第一審判決は、この趣旨により追徴額の算定をしているのであつて、所論の違法は認められない。それ故、所論違憲の主張は前提を欠き、採るを得ない。
同第二について。
所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
よつて、同四〇八条により、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官横田喜三郎 裁判官入江俊郎 奥野健一 石坂修一 山田作之助 五鬼上堅磐 横田正俊 斎藤朔郎 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 柏原語六 田中二郎 松田二郎)
被告人の上告趣意
第一、憲法の違反又は憲法の解釈の誤りならびに法令違反
(1) 原判決はたばこ専売法の適合を前提としてなされている。
けれども右たばこ専売法は左によつて憲法に適合しないものである。
即ち衆知の如くたばこにはニコチンによる人体に対する有害性が強く且又紙巻タバコは肺ガンの主たる原因とも目され、勿論有用性も否定出来ないがその害がはるかに多大であることは論をまたない。(現に未成年者に対する喫煙は法律で禁止している程である)
しからばタバコの製造販売については、右タバコの心身に対する害を出来る限り僅小に止めることが国としての義務であるのに、その製造販売を規制する処の前記たばこ専売法はその点何分の規制もなく単に機械的にタバコの製造販売についてその機能を国に専属せしめ以てたばこ販売による利益を確保しようとする目的にのみ出たものにすぎない。
よつて右たばこ専売法は憲法第二五条等に違反する。
(2) 右たばこ専売法第二九条、同第七一条、同第七五条等たばこの販売に関する一連の規制は国民の職業を単にたばこによる利益の徴収を容易ならしめる目的のみにより国民の経済的関係による職業選択の自由を阻止するものであつて憲法第一四条、第二二条に違反する。
(3) 特に原判決による追徴金の額には憲法の解釈等の誤りがある。
即ち原判決は被告人が違反したたばこが一、八〇〇個であるとし(被告人は一八〇個を主張この事実については後述する)これに対する追徴をなす判断をした。
処でその追徴額の算定について誤りがある。
右たばこ専売法による追徴は違反者の行為によつて国が受けることが出来なかつた価格によるものであることは憲法第二九条等によつて明かである。
本件の場合追徴価額は左記によらなければならない、即ちタバコ一個当りの国の利益を
タバコの小売価額−(輸入価額+販売経費等)=X
によつて得た値Xであるとすれば
X×違反タバコの個数=Y
となりYが追徴すべき価額である。
それを原判決に於ては
タバコの小売価額×違反個数
により得た金額を追徴すべきものとしているが、これでは国が
(輸入価額+販売経費等)×違反個数
により得た金額の不当利得をすることになり、自由経済乃至は資本主義経済の原則にもとるばかりでなく被告人の財産権を侵したことになる。(以下省略)